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日曜日の沖縄追想2

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CanonEOS7D+EF-S17-55mm F2.8 IS USM ProgramAE(JPEG圧縮)

一通り首里城を見たものの、その周囲の自然散策までは出来なかった。
今の首里城は元々のお城の遺構の上に建てられているものであるとのこと。
日本式のお城ではなく、むしろ中国様式に似ているところが趣を呼ぶ。

そう言えば平家の落人が沖縄に流れ着いたからか、この辺りには平氏とか清盛という名前も多かったりするらしい。

この前見た歴史ヒストリアでも西国は平家の勢力が強かったり、神戸港の基礎を築いたのは平清盛だったりするから、あながち噂レベルではないと思いたいけどね。

城が京都風味でないのは仕方ないとしても。
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南海英雄伝説

おつかれさまです。
首里城散策、なかなか宜しいですね。

確かに世界遺産登録されているのは、「首里城跡」であり、その上に日本政府の出捐により"復元"された首里城建屋は、あくまでも実物大の模型であって、遺産でも何でもありません(苦笑)

そういえば、確かに"平"って名前、妙に目につきますね。

那覇松山の大きなビジネスホテルにも有ったし・・・

やっぱり、落人が或る程度は流れ着いているのかしらん・・・

しかし、面白いことに、沖縄の歴史書?「おもろそうし」によれば、琉球王家の始祖は、何と伊豆大島から逃れて来た南海の英雄、「鎮西八郎為朝」であって、遠回しに源氏の嫡流と名乗っているのですよね。

伝説は伝説であって、もはや立証のしようもないでしょうが、海の道は、そういった伝説を産み出すような交流を本土と琉球、或いはシナ、ポリネシアとの間で有史以前から結んで来たということだけが明らかな事実なんでしょうね。

Re: 南海英雄伝説

Charley944さん
お疲れです。

もしかすると敗れた武将は南国に逃れるってセオリーでもあるのかもしれませんね。
これが本当の呉越同舟というもので。

琉球王家勃興の経緯も実は源平合戦の延長だった、と考えると奥深いものになりそうなんですけどね。
それだけ海の道にはロマンがあふれているということで。
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